33. 組合員名簿の閲覧請求は個人情報保護法に反するから認められない?

裁判例:組合員名簿の閲覧請求は個人情報保護法に反するから認められない?
東京地方裁判所平成31年3月7日判決(判例集未搭載)



【ざっくりどんな事案?】

私は、管理組合の役員ではありませんが、管理規約の改正が必要だと感じていますので、
いわゆる5分の1請求に基づき、理事会に対し、総会招集請求を行おうと考えています。
そのためには、組合員の氏名や住所が記載された組合員名簿の閲覧が不可欠ですから、
管理規約に基づき、理事長に対して閲覧請求を行いました。
管理規約の定めは、標準管理規約単棟型の64条1項と同じ内容であり、以下のとおりです。

【理事長は、・・・組合員名簿・・・を作成して保管し、組合員・・・の理由を
付した書面による請求があったときは、これを閲覧させなければならない。】

ところが、管理組合からは、「組合員の氏名や住所は個人情報に該当するから、
組合員の同意がない限り、閲覧させられない」として、閲覧を拒否されてしまいました。
上記のとおり、規約に組合員名簿の閲覧請求権が明記されているのですから、
管理組合の対応はおかしいのではないでしょうか?



【裁判所の判断を簡単にいうと?】

※個人情報保護法の条文番号は、判決原文の記載から、
 2023年7月1日時点の現行法ものへと修正しています。

1 区分所有者の氏名及び住所は、「個人情報」(個人情報保護法2条1項1号)に
 該当する。のみならず、組合員名簿は、
 「個人情報データベース等」(個人情報保護法16条1項1号)に該当するから、
 組合員名簿に記載された区分所有者の氏名及び住所という「個人情報」は、
 「個人データ」(個人情報保護法16条3項)にも該当する。

2 また、管理組合(被告)は、「個人情報取扱事業者」(個人情報保護法16条2項)に該当する。

3 よって、管理組合が、「第三者」である区分所有者(原告)に対し、この「個人データ」を開示する
 ためには、以下のいずれかに該当することが必要である。

   ① 当該「個人データ」に係る区分所有者の同意がある場合
   ② 個人情報保護法27条1項各号の事由に該当する場合

4 しかしながら、本件では、上記①も②も認められない。
 よって、管理組合の言い分には理由があるから、原告による閲覧請求は認められない。



【この裁判例から学べること】
 

1 マンション管理の実務と、個人情報保護法という法律とは、
 本当に相性が悪いです。「実務上できて当たり前のこと・できないと困ること」と、
 「管理組合として個人情報保護法に違反しないこと」を両立させるためには、
 いろいろと理屈をこねなければならないことが多々あります。

2 管理組合の役員の方や管理会社の方は、区分所有者や居住者から、一度は、
 「個人情報(保護法違反)だ!」という主張を受けたことがあるのではないでしょうか?
  個人情報保護法という法律自体がそもそも非常に難解であることからして、 
  管理の現場では、「個人情報が通れば、道理が引っ込む」というような
  悪影響が生じてしまっている実態も見聞します。
   とはいえ、個人情報保護法等について解説しようと思うと、それだけで1冊の本に
 なりかねません。よって、ここでは、前提知識として、ひとまず以下だけを押さえてください。

  ① 「私に関する情報を他人に知られたくない」という気持ちは、
    程度の差はあれど誰しもが持っている自然な感情だから、
    それを尊重してあげたいのはやまやまだ。

  ② しかし、「ぽつんと一軒家」ならまだしも、マンションという共同住宅において
    社会生活を営んでいる以上、尊重するにも限度がある。
    この問題を法的に表現すると、「プライバシー(権)として
    保護の対象になるか?」という問題と、「プライバシーの対象に
    含まれるとして、当該制約は許容範囲(受忍限度内)か?」
    という2段階の問題として整理される。
    いずれにしても、このプライバシーの問題は、管理組合vs区分所有者等との間の、
    純粋な私的紛争である。

  ③ このプライバシーの問題と、個人情報保護法(が定義する
    「個人情報」など)の問題は、重なる部分ももちろんあるが、
    しかし、法的には全く別個の問題である。

    個人情報保護法は、主として、「個人情報」や「個人データ」の取扱いに
    ついて、「個人情報取扱事業者」(管理組合)に対する規制を
    定めたものであって、公法と位置づけられる。
    よって、管理組合は、お上(国)との関係で、個人情報保護法の
    遵守が求められているのであって、直接的には管理組合と区分所有者等との
    間の私的な問題ではない。
     よって、「プライバシー侵害には当たらない(から慰謝料請求等は
    認められない)が、個人情報保護法には違反する」という事態や、
    その逆の事態は発生し得る。

  ④ 個人情報保護法は、「個人情報」と、「個人データ」を区別している。
    「個人情報」の例としては、総会の議案書における、次期役員候補者の 
    氏名と号室の記載などがある。
    「個人データ」の例としては、本件でも問題となった組合員名簿における
    組合員の氏名や住所などの「個人情報」がある。
    
    「個人情報」に関する規制は、「個人データ」に関する規制に比べて
    緩やかである。例えば、「個人情報」については、「個人データ」とは異なり、
    第三者提供の制限(個人情報保護法27条)についての規制がない。

3 ながーーーい前置きを踏まえて、この裁判例の解説に移ります。
  結論から申し上げますと、この裁判例の結論は誤りであり、
  是正されるべきと考えます。
   この訴訟の原告が主張している、「5分の1請求のため」(区分所有法34条2項以下)という
  閲覧理由は、組合員名簿という書類が想定している活用方法の中でも典型的なものです。
  よって、マンション管理の現場において、本件の閲覧請求が認められないという
  結論は、原則としてあってはなりません(例外は、濫用的請求などの場合です。)。
   そして、分譲マンションの専有部分を購入した以上、購入者は当然に
  管理組合の構成員となり、総会における多数決を中心とした団体的管理に
  服するわけですから、少なくとも規約に組合員名簿の閲覧請求権が規定されている
  事案においては、区分所有者には規約遵守義務があることからしても、
  自身の「個人データ」が閲覧に供されること(=第三者提供)については、
  あらかじめ同意があると考えることが可能です。(公財)マンション管理センターが作成した
  【マンション管理組合に適用される
  個人情報保護法と管理組合で作成する名簿の取扱いに関する細則モデル
  (改正個人情報保護法を踏まえ改定)】(平成30年12月発行)においても、
  組合員名簿の閲覧については、規約の定めがあることなどにより、
  あらかじめ第三者提供の同意があると考えられるとの見解を採用しています。

4 この訴訟の原告は、弁護士に委任しない、いわゆる本人訴訟でした。
 そのため、法的にしっかりとした議論を裁判官と展開できなかったのかも
 しれません。いずれにしても、上記のとおり、私見では、この裁判例の先例的価値は
 低いと考えています。

5 なお、以下のような論点については、以上とは別個のさらなる検討が必要ですのでご注意ください。

 ① 組合員名簿の閲覧を認めるとして、記載されている電話番号やメールアドレスについても閲覧させなければならない?
 ② いわゆる要援護者名簿の記載内容についても、組合員名簿と同じように考えてよい?