20. 理事長がハンコを押してしまったら、もう業者との契約は成立してしまう?

理事長がハンコを押してしまったら、もう業者との契約は成立してしまう?
東京地方裁判所平成27年7月8日判決(判例時報2281号128頁)


【ざっくりどんな事案?】

私たちのマンションは、そろそろ大規模修繕に向けた検討を始めなければならない時期にきています。

ところが、理事長が、まだ総会の承認を得ていないにもかかわらず、業者と、建物の調査診断業務に関する
契約書を取り交わしてしまいました。


現在、管理組合(被告)は、業者(原告)から、この契約に基づく報酬の支払を請求されてしまっています。


【裁判所の判断を簡単にいうと?】

1 一般法人法77条5項に基づく主張について

(1)原告の主張

自分たちは、契約締結当時、契約締結のためには管理組合内部において総会の決議が必要であることを
知らなかったから、「善意の第三者」に当たる。

そして、一般法人法77条5項は、代表理事の代理権に加えた制限について、善意の第三者を保護している。

よって、一般法人法77条5項により、
自分たちは保護されるから、理事長と締結した契約は有効である。


(2)裁判所の判断

一般法人法77条5項は、4項によって代表理事に包括的代理権が与えられていることを前提とした規定である。

しかし、管理組合の理事長(管理者)は、共用部分等の保存などの職務に関して区分所有者を代理する権限を有しているにすぎず
(区分所有法26条)、そもそも包括的代理権を有していない。

よって、一般法人法77条5項を適用する前提を欠くから、一般法人法77条5項によって原告(業者)が保護される
ことにはならない。


2 民法110条に基づく主張について

(1)原告の主張

理事長には、管理組合を代表する一定の権限があるのだから、理事長がこれを超えて契約を締結した場合、
理事長に権限があると信じたことについて無過失だった自分たちは、は、民法110条(権限外の行為の表見代理)に
よって保護される。

よって、理事長と締結した契約は有効である。


(2)裁判所の判断

原告は、マンション等の建物の調査診断業務を行うことを業としている会社である上に、実際に
「何らかの総会の同意は必要であることは感じていた」というのであるから、
理事長に権限がないことについて、過失があったと評価される。

よって、民法110条によっても原告が保護されることもない。



【この裁判例から学べること】

本件のような紛争もありがちです。
理事長に悪気はなく、よかれと思って行動した結果、相手方の業者との訴訟に至ってしまうことがほとんどであると思います。

上記のとおり、訴訟における争点は非常に「法律的」であって難解です。

よって、ここでは、この法律論について理解を深めるというよりも、
「具体的な事情によっては、業者からの請求を排斥することも可能な場合がある」
ということを知っていただければと思います。