25. 組合員が管理組合を訴えてきた訴状をそのまま掲示したらダメなんですか?

組合員が管理組合を訴えてきた訴状をそのまま掲示したらダメなんですか?

横浜地方裁判所平成(判例集未搭載)
東京高等裁判所平成(判例集未搭載)



【ざっくりどんな事案?】

私たちの管理組合は、一人の組合員から、毎年のように訴訟を提起されています。
当然ながら、全て管理組合が勝訴しているのですが、毎度毎度、応訴のために臨時総会を開いて、
事情を組合員に対して説明することが手間で仕方ありません。

このたび、またしてもこの組合員から訴訟を提起されたため、手っ取り早い方法として、
共用部分である掲示板に訴状のコピーをそのまま貼り付けて、組合員がいつでも内容を確認できるようにしました。
私たちのマンションはオートロックですから、部外者はこの掲示板には容易に近づくことはできません。

ところが、この組合員は、勝手にこの訴状のコピーを剥がして持ち去ってしまいました。
やむを得ず、管理組合は再度コピーを掲示したのですが、その後も繰り返しこの組合員に剥がされてしまうため、
結局、7回も同じものを掲示するはめになりました。
7回目もまたこの組合員によって剥がされてしまったため、もうこれ以上は広報の必要もないと思い、これ以降は掲示を止めています。

ところが、この組合員(原告)から、今度は
「訴状には私の氏名や部屋番号も記載されているから、プライバシー侵害だ!慰謝料28万円を払え!」として、
さらに管理組合(被告)に対して訴訟が提起されたのです。



【裁判所の判断を簡単にいうと?】

1 訴状の内容がプライバシーに当たるか?

プライバシー権とは、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報を、みだりに開示されない利益又は権利をいう。

訴状には、原告の実名や住所が記載されており、これらは私生活上の情報である。そして、原告と被告との間で行われている訴訟の存在を
他の区分所有者に知られれば、他の区分所有者から嫌悪されたりする可能性がある。

よって、訴状の内容はプライバシーに当たり、法的保護が及ぶ。


2 訴状の掲示行為は違法であるか?

確かに、裁判の公開の原則からすれば、原告は、自ら訴訟を提起したのであるから、訴訟提起の事実やその内容が、
一定の限度で他人に知られることは、ある程度受任すべき。
また、少なくとも、訴状の記載のうち、具体的にどのような内容の請求の訴訟が提起されたのかに関する部分については、
全区分所有者に周知する必要性も肯定できる。

しかし、掲示板の場所がオートロック内とはいえ、単なる訪問者も目にすることは可能であるから、
原告の実名や住所までもが第三者に知られる可能性があった(=不利益の程度が大きい)


また、区分所有者に対する情報提供という観点からしても、原告の実名や住所までを周知する必要性があるとはいえない
そうであるにもかかわらず、被告(管理組合)は、7回にもわたり執拗に訴状のコピー掲示し続けたのであるから、
不法行為(民法)上の違法性が認められる。


3 具体的な慰謝料の金額は?

第一審は10万円と判断したが、第二審は5万円に減額した。


【この裁判例から学べること】

この裁判例の結論部分を最初に聞いたときには、私もかなり衝撃を受けました。
「自分で訴えておいて、その内容を知られたくないとは、どういう了見だ?」というのが、多くの方々の心情でしょう。

しかし、もともとプライバシー侵害や名誉毀損という「戦場」は、判断枠組み(理屈)がしっかりしているといいますか、
融通がききにくいという性質があることから、素朴な感情・常識的判断とは若干異なる結論が比較的出やすい分野であると感じています。

管理組合運営においても、組合員に対する情報提供・民主的な管理組合運営という観点を素朴に追求していくと、
どうしてもプライバシー侵害や名誉毀損のリスクがついてまわりますので、気をつけたいところです。

とはいえ、判決文に記載された理由を読んでいきますと、裁判所の判断はしっかりと事実関係をとらえて
評価しており、確かに、プライバシー侵害の程度(=慰謝料の多寡)はともかく、
プライバシー侵害自体は肯定せざるを得なかったかとも思います。その意味で不当判決とはいえないというのが私の結論です。

最もシンプルな教訓としては、
【どのような事案においても、またどのような広報手段においても、個人名や法人名は記載しない。最大でも部屋番号にとどめる】
ということだと思います。
これを空気のように当たり前にした上で、個別具体的な事案ごとに、【組合員に対する情報提供の必要性】と、
【情報提供によって制約されるプライバシーの程度】のバランスを図っていくことが重要です。

※固有のタグの候補
→プライバシー権、名誉毀損、情報公開