27. 修繕積立金を使って専有部分をも修繕する場合、先行工事者に対して、管理組合のお金で補償金を支払っても大丈夫?


修繕積立金を使って専有部分をも修繕する場合、先行工事者に対して、管理組合のお金で補償金を支払っても大丈夫?
東京地方裁判所平成23年9月22日(判例集未搭載)


【ざっくりどんな事案?】

私たちのマンションでは、マンション全体の給排水管の老朽化が著しくなったことから、共用部分のみならず、
これと一体である専有部分の給排水管についても、修繕積立金を取り崩して一斉に改修工事を行うことになりました。

この点、既に専有部分の給排水管を改修済みである住戸(「先行工事者」)が全体の10%ほど存在していたことから、
総会において、工事実施の決議とともに、先行工事者に対し、
「金額は一律」、「管理組合がこのたび行う工事の金額をベースとする」などの条件のもとで、
公平性を確保するための補償金を、やはり修繕積立金から支払うことにしました。

ところが、先行工事者のお一人から、
そもそも修繕積立金を専有部分の改修のために使用することは許されないなどとして、
訴えを提起されてしまいました。



【裁判所の判断を簡単にいうと?】

1 専有部分である給排水管の修繕に対し、管理組合として修繕積立金を支出することは、
 管理組合の権限外とは言いがたい。よって、修繕積立金の支出を認めた総会の決議は
 有効である。

2 しかし、専有部分の給排水管の修繕に対して修繕積立金を投じることは、
 先行工事者との関係で不公平を生じるから、先行工事者に対する補償が適切に 
 行われていない場合には、総会決議が不合理であるとして無効になることがあり得る。

3 もっとも、本件における総会の決議は、先行工事者に対する補償を認めており、
 その補償基準も不合理とはいえない。よって、総会の決議自体は無効とはいえない。

4 ただし、この補償基準に基づき、実際に管理組合(被告)が先行工事者(原告)らに
 提示した金額(約38万円)は低額に過ぎる。合理的に計算すると、約72万円が
 補償基準に基づく補償金額として相当である。
 
   →結論:管理組合に対し、先行工事者へ約72万円を支払うよう命じた。
 


【この裁判例から学べること】

今回は、実務上頻出の相談内容に関する裁判例のご紹介です。

私がマンション管理に注力し始めた頃は、そもそも
「たとえ共用部分と一体となっている配管類であっても、それが専有部分である場合は、
修繕積立金というみんなのお金を使って修繕してはならない」

という見解が非常に強いものでした。

これはおかしいと思い、初めて論文めいたものを書いたことは、今となってはよい思い出です。

現在は、実務上、修繕積立金を専有部分の修繕のためにも使用してよい(ただし規約変更等の準備は必要)
という結論自体は、ほとんど争いがなくなったといってよいと思います。

そうすると、残る問題は、まさにこの裁判例のように、
「先行工事者との公平性をどのように図るか?」という点になります。

この裁判例が述べるように、先行工事者に対する補償が適切に行われていない場合には、
修繕積立金を使用して専有部分をも修繕することを決定した総会決議が無効となる可能性があるためです。

しかしながら、ここでいう「適切な補償」とは、要するに程度問題であって、バシッとした正解が
ありませんから、難問です。
管理組合ごとに、個別具体的な事情(これには、管理組合の財政状況なども含まれるでしょう。)のもとで、
どうにかこうにか基準を導き出すほかありません。
この裁判例の考え方は、そのための一つの参考になるでしょう。

もっとも、最後に注意点を申し上げます。
この裁判例では、「先行行為者に損があってはならない」との判断が示されています。
しかし、それは、およそ同種事案全てがそうであるべきという判断ではありません。
あくまで、この管理組合における総会の決議の内容が「先行工事者が損をしないように補償する」
となっているとの判断を前提にしています。

よって、事案にもよりますが、例えば、総会決議の内容が、
【先行工事者について、その工事実施時期などの客観的な基準に基づき、補償金額を逓減する】
などであれば、この総会決議は有効であり、ゆえに、この決議に基づく補償額も問題なしと判断される可能性は
十分あると考えています。